コーヒーをハンドドリップするとき、「ドームを崩しちゃダメ」「外側にお湯をかけないで」と聞いたことはありませんか?あのもこもこ膨らむコーヒードームを壊さないように、そーっとお湯を注ぐ。たしかに、これが「正しい淹れ方」として広く知られています。でも、本当にそうでしょうか?この記事では、ドームを崩すなと言われる理由、コーヒーが膨らむ仕組み、そして「膨らむ=美味しい」の誤解まで、コーヒー豆屋の視点からお話しします。
目次
- コーヒードリップで「ドームを崩すな」と言われる理由
- ドームを崩す淹れ方もある|それだけが正解じゃない
- コーヒーが膨らむ理由|「膨らむ=美味しい」は本当?
- 焙煎したてのコーヒー豆は「選べる」のがいい
- それでもドームが膨らむと嬉しい理由
- あなたの一杯が、正解です
コーヒードリップで「ドームを崩すな」と言われる理由
ドリップ中、コーヒーの粉はフィルターの内側に張りついて、土手のような層をつくります。これが「壁」と呼ばれるものです。
この壁にお湯を直接かけてしまうと、お湯がコーヒーの粉を通らずにフィルターを伝って落ちてしまいます。コーヒーの成分をほとんど抽出できていない「ただのお湯」が混ざるわけですね。
結果、味が薄くなったり、水っぽくなったりする。だから「壁を崩すな=ドームの外側にお湯をかけるな」と言われてきました。
これ自体は理にかなっています。
ドームを崩さずに淹れるには、細くゆっくりお湯を注ぐ必要があります。時間あたりの水量を少なくすることで、お湯が粉の層をじっくり通過して、コーヒーの成分がしっかり溶け出す。
この淹れ方は、特に深煎りの豆をネルドリップで淹れるときに相性がよく、昔ながらの喫茶店文化のなかで大切にされてきた作法です。
ドームを崩す淹れ方もある|それだけが正解じゃない
ここで少し視点を変えてみます。
最近のスペシャルティコーヒーの世界では、あえてドームを崩す淹れ方も広まっています。お湯を注いだあとにスプーンで攪拌(かくはん)したり、ドリッパーをくるくる回したりする方法です。
ドームは毎回壊れます。でも、ちゃんと美味しく淹れられる。
なぜかというと、大切なのは「ドームの形を守ること」ではなく「お湯がコーヒーの粉をまんべんなく通って落ちること」だからです。
ドームを崩さない淹れ方は、それを実現するための手段のひとつ。唯一の正解ではありません。
特に浅煎りの豆は、しっかりお湯を行き渡らせたほうが味が出やすいので、ドームを気にしすぎると、かえって味が物足りなくなることもあります。
コーヒーが膨らむ理由|「膨らむ=美味しい」は本当?
お湯を注いだときにコーヒーの粉がもこもこ膨らむ。あれは、豆の中に残っている炭酸ガス(CO2)が放出されることで起きる現象です。
「膨らむ=焙煎してからあまり時間が経っていない=新鮮な豆」。ここまでは正しいです。
ただし「膨らむ=美味しい」かというと、話はそう単純ではありません。
まず、深煎りの豆ほどよく膨らみ、浅煎りの豆はそこまで膨らみません。焙煎度合いによるCO2の量の違いなので、膨らまないからといって「古い豆」とは限らないわけです。
また、焙煎した直後の豆はCO2が多すぎて、お湯が粉になじみにくいことがあります。見た目は派手に膨らむけれど、味が薄かったり安定しなかったりすることもある。
コーヒー豆屋としての正直な実感を言うと、古くなった豆よりも焙煎したての豆のほうが美味しいのは間違いありません。ただ「膨らむ=美味しい」を直結させるのは、ちょっと違うかなと思っています。
焙煎したてのコーヒー豆は「選べる」のがいい
焙煎したてのコーヒー豆を手に入れたら、届いてすぐに淹れてフレッシュな風味を楽しむこともできます。2〜3日置いて味が落ち着くのを待つこともできる。日が経つにつれて変化していく味わいを楽しむこともできます。
どう楽しむかを、自分で選べる。
エイジング(寝かせ)してから出荷するお店もありますが、焙煎したてで届けば、寝かせるかどうかもお客さん自身が決められます。
選択肢を持っていること自体が、焙煎したてのコーヒー豆の大きなメリットだと思います。
それでもドームが膨らむと嬉しい理由
ここまで読むと「じゃあドームって意味ないの?」と思われるかもしれません。
いいえ、そんなことはありません。
スーパーで買ったコーヒー豆ではどう頑張っても膨らまない。専門店で買っても、膨らまないことがある。だからこそ、自分の手でお湯を注いだときにもこもこっと膨らんでくれると、ちょっと嬉しくなりませんか?
あの嬉しさには、ちゃんと理由があります。
「自分にもできた」という実感(自己効力感)
心理学では「自己効力感」と呼ばれるものがあります。自分の行動でちゃんとした結果が出せた、という実感。お湯を注いだら、ちゃんと膨らんでくれた。その小さな成功体験が、コーヒーの時間を特別なものにしてくれます。
目に見える変化がすぐに起きる
お湯をかけた瞬間にもこもこっと膨らむ。自分の行動に対して、すぐに反応が返ってくる。人間はこの「やったら即リアクションがある」という体験に、本能的な心地よさを感じるようにできています。
「美味しい」は味だけじゃない
「いい豆は膨らむ」という知識があると、膨らんだ瞬間に「やっぱりこれはいい豆だ」という確信が強まります。その確信が、味覚にも影響する。ワインのラベルが味の印象を変えるのと同じ効果ですね。
美味しいと思って飲むと、実際に美味しく感じやすくなる。
つまり、ドームが膨らむことは、淹れる前から「美味しい」を感じさせてくれる体験なんです。味だけでなく、目で見て、手で感じて、心で味わう。コーヒーの美味しさって、カップの中の液体だけの話じゃないんですよね。
あなたの一杯が、正解です
「ドームを崩すな」にも理由がある。でも、崩したからといって失敗じゃない。
膨らむ豆もあれば、あまり膨らまない豆もある。ドームを保つ淹れ方が合う豆もあれば、しっかりお湯を行き渡らせたほうが美味しい豆もある。
大切なのは、目の前の一杯を「美味しい」と感じられるかどうかです。
淹れるのも、飲むのも、あなた自身。
誰かが決めた「正解」にとらわれず、自分が心地よいと思える淹れ方を見つけてみてください。その一杯が、あなたにとっての正解です。
焙煎したてのコーヒー豆で淹れる一杯は、きっとその探求をもっと楽しいものにしてくれるはずです。
美味しいコーヒーを淹れる